2017年05月28日

裏切り、そして自殺未遂。 〜後編〜

裏切り、そして自殺未遂。 〜後編〜

皆さんこんにちは。ミスどん底先生です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)

本日も中編に引き続き、
『裏切り、そして自殺未遂。』後編です。


職員室の前から動けなくなってしまった私はその日は諦めて帰ることにしました。


それから私の『教師恐怖症』の日々が始まりました。

なんだかんだ理由をつけて先生を避けたり、あまりにも震えが酷い日は学校を休んだり早退したりするようになりました。

そんな頃、タイミング最悪で高原教室がやってきました。

沼津東高には修学旅行はありません。その代わり、高原教室という山登り旅行がありました。

お小遣いは山登りなのでほとんど必要ないのですが、持ち物を用意しなくてはなりません。

バイト代も盗まれてしまったし、ほとんどあるものでなんとかしようとしたのですが、
シャンプーやトリートメントやボディソープなどを持っていかなくてはならず、そんなのさえ買うお金がありませんでした。

東高の友達に金欠でシャンプーとか買えないんだよ〜と伝えると、
3人の友達が『わかった!私達がなんとかする!だからちょっと待ってて』と言ってくれました。

なんとかするって……


数日後。
なんと3人が沢山の試供品を持ってきてくれました。

シャンプーやらトリートメントやら化粧水やら、薬局や駅などでよくもらうパウチタイプの試供品です。

『え!こんなにたくさん!どうしたの?!』

と私が聞くと、

なんとその3人が自分の部活の同級生や後輩などに声をかけてくれ、皆で寄せ集めてくれたというのです。

『こんだけあれば旅行終わっても使えるじゃん!ちえこよかったね〜(^^)』と笑顔でそれを渡してくれました。


あぁ…東高でよかった……

本当に心からそう思いました。
私が受け取り易い方法で、しかも皆が協力して提供してくれるという手法を3人が考えてくれたのです。

3人には内緒だけど、ビニール袋にいっぱい入ったそれを、家に持って帰って握りしめて泣きましたね(笑)


そして無事、高原教室を迎えましたが、
やはり先生が近くに来ると震えが止まりませんでした。

バスの中、写真を撮る時、レクリエーションの時……皆に震えがバレるんじゃないかとヒヤヒヤして、更にそれが震えを悪化させました。


それでもなんとかやり過ごして
高原教室から帰ってきた頃。

テストの時期がやってきました。

相変わらず震えが止まらず、出来るだけ先生と顔を合わさないようにして、職員室に行かなくてはならないときは友達についてきてもらったり(授業中も友達と一緒なら先生と話せたので)、どうしてもダメな時は友達が職員室に用がある時に、私の用事も頼んだりしていました。

このままではまずい。
病院に行ったほうがいいんだろうか…。

家では母が相変わらず無心してくるし、キレてばかりいる日々で話すことさえしていないので、病院も行けそうにありませんでした。

担任からも『どうしたんだよ宮坂?』と声をかけられるくらいになっていました。

私はその担任の先生に
伝えようか迷いました。

でも『教師』です。
2人きりで話をすることもまだ出来ません。


悩んだ末、私は強硬手段に出ました。

無理矢理、話す場を設けよう。


担任が地理担当だったので、
なんとそのテストの地理だけ白紙で出しました。


進学校の2年生の後期で
テストを白紙で出す。

恐ろしい(笑)


予想通り。
後日、担任に進路指導室に呼び出されました。

私は意を決して進路指導室に向かいました。


担任「おい〜宮坂〜なんだよこれ〜」

0点の地理の答案用紙でした。

私「………。」

担任「なんとか言ってよ〜どうして俺の教科だけなんだよ〜俺もう胃が痛くて胃が痛くて……」


えっ…
先生胃が痛くなっちゃったの…?

先生前に胃に穴があいたことあるって言ってなかったっけ……

私のせいで先生また胃に穴空いちゃったんじゃ……
胃潰瘍で死ぬこともあるって………



とんでもないことをしたと気付いたんです。



いくらね、自分が苦しくても辛くても、
誰かを傷つけていい権利なんかない。



ごめんなさい先生……



私「……すみませんでした。ちゃんと追試受けます。」

先生の目を見てハッキリそう伝えました。


『教師恐怖症』が治った瞬間でした。

(その後、追試でちゃんと合格しました!(笑))


でもそれからも母との生活は最悪でした。

家庭教師の先生との出来事と自殺未遂、そして教師恐怖症。母親との関係。
心の傷は全然癒えてなんかなかったけど、なんとか稼がなきゃならないからバイトもしなきゃだし、大学に行って夢を叶えたいから勉強もしなきゃだし、とにかく今やることをやって、必死に生きるしかありませんでした。


そして、家庭教師の会社というのは、教師が辞めると、次の家庭教師を補填しなくてはならないらしく、その後何人かの先生が来ましたが、何故か皆すぐに辞めていきました。


今考えてみれば、
高校から督促状が来るぐらいのこの時に、どうやって家庭教師の先生にお月謝を払っていたのだろうと思います。


母が死んでから知ったのですが、娘が家にお金を入れてくれないとか、娘が借金を作ってきたなどと近所の人に言っていたらしく、大家さんにも家賃を滞納したり、近所の人にお金を借りたりしていたんだそうです。

そう考えると、母の得意の嘘で、
あの信頼していた先生にも、私が何かお金を使い込んだとか、酷いことをしたとかなんとか言って、
月謝を払わなかったんじゃないかと思います。


お金が絡む何かがあるなら、先生が家庭や彼氏ともうまくいかなくなったというのもわからなくはないのですが、実際のところ、直接真相を聞いたわけではないので、謎のままです。



その後、私は大学目指して勉強を頑張り続けました。クラスで化学のテストで2番を取ったりしていましたから(1番は化学部の部長をやっていて、現在は化学の先生になっている子でした!そりゃあ勝てないわー(笑))
家庭教師が何人変わろうと、沼津東高の勉強を教えられない家庭教師が来ようと、とりあえず勉強を頑張ることにしました。


高校2年も終わろうとしていました。



それではまた(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)



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Posted by 家庭教師のリスタ「ミスどん底先生」 at 12:18│Comments(0)ミスどん底先生の過去
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